……あれは、ちょうど1年前のことだったか。

高校卒業を間近に控えた俺たち…俺と三海は、せめてもの思い出作りに、と高校から電車で30分ほどの海へ釣りに行った。…そのときはまさか、まさかあんなことが起こるとは…思ってもみなかった。

釣り始めてから1時間ほど経って、俺も三海も程よく疲れてきていた。今は、「ここで休憩をしておけばあんなことにはならなかったのかもしれない」という後悔にはもう慣れてしまった…という表現はおかしいが、そんな後悔をするよりも少しでも長く三海の隣で、三海を守りたいと願う。

疲弊した三海の竿に大きな魚が食いついたようだった。これはチャンスだと言わんばかりに、三海は両腕に力を込める。俺も興奮して三海を応援した。
…が、三海が体勢を立て直そうと右足を宙に浮かせた、その、ほんの僅かな瞬間の出来事だった。三海の影は、真っ青な海へと消えていった。

どうすればいい、どうすればいい?自分に問い掛けた。それに対して俺が導き出した答え。俺は海の中へ飛び込んだ。
俺のたった一人の親友を救いたい、失いたくない。その一心で飛び込んだ海は、俺と三海を引き離すように。俺がいくら必死に足掻こうとも三海に追いつくことはない。俺までもが意識を手放し、短い謝罪の言葉を思い浮かべた瞬間だった。

…俺は、呼吸ができない苦しみや、三海に触れることさえできない悲しみから解放された。何が起きたのかは全く理解ができなかった。けれど、息苦しさはない。もう、水が俺の行く先を遮ることもない。俺は本能の導くまま、三海を片腕に抱いて岸辺へとたどり着いた。

しかし現実は酷く残酷なもので、引き上げられた三海は既に身体の機能が止まっていた。俺は酷く絶望し、自分を責め立てた。こんなところに連れて来なければ、大人しく勉強でもしていれば。そうすれば三海を失うことなんてなかったはずなのに、と。
俺がそんな現実から目をそらした瞬間、その目に映ったのはさらに俺を絶望に追い込むものだった。自分の右腕に、鱗がびっしりとついていたのだ。どうしようもなく現実離れした話だが、オーヴァードなどと呼ばれる異能力者が蔓延るこんな世界ではこんな出来事なんてよくあることだ。しかし、三海を失って混乱した俺を絶望させるには十分すぎるものだった。他でもない自分の腕は、ここにいる「鹿波トアキ」というものが人間ではないということを何より強く示していた。
俺は、人間ではない。ただの怪物だ。…人間と怪物が親友だなんて、これ以上におかしな話があるだろうか?三海だって、もし生きて今の俺を見たりなんかしたら軽蔑するに違いない。そんなやつとは思いたくないし思えない、…でもそれが普通の「人間」の反応だろう、とは安易に予測がついた。
ああ、俺はどうしたらいい?いっそこのままここで俺も死ねば、何もかもさっぱり捨てされるかもしれない。絶望に身を委ねようとしたその時、俺は三海に潜むものの気配に気づいてしまった。「レネゲイドウイルス」。人間を異能力者に変える、憎むべき、根絶すべきものの存在。レネゲイドウイルス――これは後になって知ったことだが、それは俺自身を構築するもの。その力を借りれば、失われたばかりの人の命など、いとも簡単に再構成することができるだろう。…今、目の前で横たわる三海の笑った顔だって、また見ることができるだろう。

もし俺が「怪物」として拒絶されても、…いや、されるまでは。
俺の自分勝手な行動で三海が人間として生きれなくなってしまったとしても。
『ダブルクロス』の汚名を着せられる未来がそこにあったとしても…!